あれからこれから

不安障害と更年期うつを抱えた私の記録

自然と忘れていったこと

イライラが酷くなり始めた50歳、半年ほど生理が来ない時期があった。

不思議なことに心身共に穏やかな日々が続いたので、「早く閉経してくれ」って気分だった。

そして、自然と子供が欲しいという気持ちがなくなっていった。

無理矢理諦めようとしていた頃とは違う感覚だった。女性ホルモンの減少と関係しているんだろうか?

 

不妊治療をやっていて子供を諦めたという人が周りにいないので私調べだが、私は非常にしつこい方だったと思う。

家族連れを見て「なぜ自分はそうなれなかったんだろう」と、せつない気持ちになる事が完全に無くなるまでに、20年もかかってしまったのだから。

 

なぜそんなに諦めきれなかったんだ

と不思議に思う人もいると思う。

実際、自分でもそう思っていた。

ダメならさっさと方向転換すれば良い。

一旦こうと決めたら何がなんでもやり抜きたい思考回路のせいなのか。

あの時の私は、いい母、いい妻、いい嫁になる事が全てだった。

 

30歳から35歳まで、約5年間治療した。その間、治療以外にも漢方やサプリ、占いや神社、迷信、色んな物にすがった。共働きでやっとの夫婦だったが、その期間とお金をもっと有意義なものに使おうという意識はまるでなかった。

お金が尽きて治療を辞めた。「もう二人で良いじゃないか」と元夫に言われた。

 

それでも「奇跡が起きるかもしれない」と、謎の自信を持ち、多くの妊娠検査薬を無駄にした。いつも食い入るように見ていたが、小窓に線が現れることはなかった。

 

スムーズに妊娠し出産していく人たち。なぜ私じゃないんだろう。

幼い子供が犠牲になるニュースを目にすると、不条理な世界に怒りを覚えた。

 

親ガチャ(便利な表現だな)でハズレた上に、まさかこんな所でもつまづくとは。

つくづく自分が "家族" というものに縁がない人間なんだと思い知らされ、卑屈になっていった。

 

諦めよう、諦めなきゃ。

 

 

どんなに頑張っても手に入らないものがある。

 

分かってたけど、分かろうとしなかった。

駄々っ子のように、ずっと欲しい欲しいと言っていた。

神様は本当に意地悪だなと思うけれど、私は別の価値で生かされているのかもしれないと、この歳になってやっと思えるようになった。

それが何なのか、生きてるうちに分かるといいんだけれど。