2度3度と結婚、離婚を繰り返す芸能人のことを「学ばない人だな」と思っていた。
いざ自分が再婚すると、他人と暮らすのは無理な人間だと学んだくせに、なんでまた結婚してしまったんだ?と、度々自問自答した。
夫に「やっぱり結婚には向いてないから離婚してくれ」と言ったことも。
「人は判断力の欠如によって結婚し、忍耐の欠如によって離婚し、記憶の欠如によって再婚する」アルマン・サラクルー
最初の結婚は私が子供が欲しかったからだった。
それまで結婚願望はあっても、子供を欲しいと思ったことが無かった。
「子供嫌いでも自分の子供は可愛いものよ」とアルバイト先のパートさんに言われたが、ピンと来なかった。子供は好きだ。全世界の子供達の幸せを願い、募金も欠かさずしていた。
闇深い子だと思われるから言わなかったけれど、理由は自分が子供を持つべき人間ではないと思っていたから。
私は少し歪んだ家庭で育った。
“私二世“ を作ってしまうかもしれない。そんな可哀想なことしたくない。
ところが、同棲していた元夫との穏やかな生活で、すっかり憑き物が取れた私に、“母性" というものがムクムクと湧いてきた。
子連れのママ達がキラキラして見える。「私もあんな風になりたい。」
元夫は良いお父さんになると思った。彼も子供好きだった。
子供を作り、誰もがうらやむ幸せな家庭を持ちたかった。幸せな家庭像に憧れていた。
しかし、元夫の方はというと、結婚のけの字すら拒否するオーラを出していた。とても言い出せない。
2年の同棲生活の中、彼は一度も私を両親に紹介する事は無かった。彼の父親はとても厳格で同棲していることすら内緒にしていた。
このままダラダラ同棲が続くなら別れよう。30歳、当時の妊娠のタイムリミットも近づいてきた私はそんな風に考えていた。
不穏な空気に気付いたのか、元夫は私を両親へ紹介し、結婚する事になった。
プロポーズもなく、新婚旅行もなく、淡々と籍を入れた。でも十分幸せで希望に満ちていた。
今思えば、元夫との子供が欲しかったのではなく、ただ子供が欲しかったのかもしれない。自分の野望の手段として身近な彼を使ったのかもしれない。
結局子供は授からなかった。幸せな家庭も作れなかった。神様は見てたんでしょうか、私のこの歪んだ動機を。
結婚とは勢いとタイミングと言うが、確かにそうだなと思う。
今の夫からプロポーズされたのは、私が懲りずに再就職した所を解雇された時だった。
それまで一緒に暮らそう的な空気が出ても、失敗から自分は他人と暮らす事ができない人間だと痛感していたので、また早いよなどとはぐらかしていた。
しかし、「けっこん」という4文字を口に出された時、私は即座に「はい」と答えた。
もちろん夫のことが大好きだったし、NOと言えば彼とは別れる事になる気がしていた。迷惑をかけてしまうのは重々承知だったが、それを大きく上回るほど彼と一緒にいたいと思った。
はじめてされたプロポーズは、キラキラした感じではなく、まるで任侠もののような空気感だった。
あの時の夫の思い詰めた顔は未だ脳裏に焼き付いていて、このメンタル崩壊おばさんを請け負う相当な覚悟を持ってプロポーズしたんだろうと思う。
そして、周りはまさか結婚するとはと驚いた。私が芸能人を見てそう思ったように。